A子さん「あたし、いっつも11:11を目にするのよね」
B子さん「あ、わたしもそう、4:44をやたら見るわ」
A子さん「ねえ、ホント不思議よね」
B子さん「うんうん、ホントよねえ」

という、よくありがちな二人の会話に何を感じるだろうか?

A子さん「これってものすごい確率だと思わない?」
B子さん「たしかにそうよね」
A子さん「1日は24時間、1時間は60分」
B子さん「24×60=1440分ね」
A子さん「だから確率は1440分の1」
B子さん「そんなに低確率のことがしょっちゅう起こるなんて!」

この二人の会話に違和感を覚えないとしたら、あなたは「やや」頭がいい人に違いない。きちんと筋道を立てて物ごとを考えることができ、分析能力もしっかり備わっているのだろう。

でも、「やや」頭がいい人ほど始末に負えない。なぜなら、思い込みをしやすいからだ。その点ではボンクラのほうがまだマシかもしれない。

では、はじめに二人の考え方の誤りをハッキリさせておこう。

このとき、二人の考え方はどんな場合に当てはまるのかを考えるとわかりやすくなる。それは一日に1回しか時計を見ない場合だ。

24時間、つまり1440分の間に1回しか起こらない場合の確率だ。一見ものすごいことのようだが、本当にそうだろうか。

  • 実際には、何度も時計を見ている
  • 睡眠中など時計を見られない時間もある

ことを考えれば、間違っても1440分の1ではないことは明らかだ。

ここから先は「たとえそうだとしても、めったに起こらないことには違いない」と主張したい方にお伝えしよう。

まず、断言しておく。

間違ってもめったに起こらないことなどではない。

なぜなら、実際によく起っているからだ。よく起っていることを「不思議」「スゴイ」「驚き」などと騒いでいることのほうが不思議に思えて仕方がない。どうしてそんな厳然たる事実を無視できるのだろうか。そのことのほうがスゴイことだ。

頻繁に起こるという事実が、低確率ではないことの証拠だ、という形で終えてしまって構わないのだが、「計算上では低確率のはずだ」と主張したい方のために続ける。

実はその考え・判断自体が間違っていることに気づかない人が多い。正しくは、計算の仕方自体が誤っている。

ここまでで、1440分の1という確率が誤りだということは薄々感じられたことだろう。そんなに誰の身にも奇跡が起こり続けるわけがない。

では、正しくはどう計算すればいいのか。

前述の通り、一日の時計表示は24時間制の場合1440種類ある。そのうちの11:11など、ある特定の表示に意味を与えてしまうから、あのような計算をしてしまう。その考え方が誤っていることを直感的に理解していただこう。C子さんが次のように言っていたらどうだろう。

「そういえば私、今週一度も14:58を見なかったわ」
「7日連続よ、すごくない?」

お解りいただけたのではないだろうか。こっちのほうが遥かにすごいことであるという事実に。なのに、誰も気にもしないし、気づきもしない。理由は簡単だ。

11:11に比べ14:58は「地味」だからだ。その文字列に特別な感情を持つ理由が見当たらないのだ。

「やや」頭がいい人は、ここに隠されたもう一つのことに気づかない。僕が「一度も見なかった」という表現を使ったことが大きなヒントだということに。

実は、本当の確率は、2分の1。
50パーセントに過ぎない。

ある時刻表示を見るか見ないか。ただそれだけのことだ。それが1日の間に1440回行われているだけだったのだ。

これで気づけたのではないだろうか。
2回に1回は起こるようなことに一喜一憂していたことに。